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茶店で聞いた一番深い話

 茶店が好きだ。
 将来は、あんまり人の来ない観光地のひなびた茶店で余生を過ごせたらいいなあと夢見ている。日に何人か訪れる客相手に世間話をしたり、誰もいない時にはお汁粉を煮込んでいたり、日なたのテーブルで原稿を書いたり、なんてね。

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 夫婦揃って茶店好きなので、こんな風体の店を見つけると、ついふらっと立ち寄ってしまう。私は大抵甘系であり、夫は大抵おでんで一杯と相成る。
 そしてついつい店の女主人や居合わせたお客と、話し込んでしまうのであった。

 その日も、今日みたいな小春日和の昼下がりだったと思う。
 もう10年以上も前のある日のこと、私たちは、宮城県は石巻市の町のど真ん中にある日和山(ひよりやま)の上にいた。この町には何故か友人が多く、東京からはるばる遊びに通ったものだ。 その場合、当時は金は無いが時間はたっぷりあったので、全部一般道路をや旧道を通って数日がかりで車に寝泊まりしながら移動していた。ワゴンタイプの車の荷台には、寝袋と野外調理器具が常備されていたのだ。

 ともあれ茶店だ。
 この山上からは町も海も見渡せて、その名の通り暖かな日なたの丘で、私と夫と地元の友人は、茶店に腰を落ち着けて例の如くのんびり飲んでいた。
 いつしかこれまた例の如く、隣席でラーメンをすする70代とおぼしきおじさんと、何となくの会話が始まった。彼はそう遠くない所に住んでいて、たまにこの茶店にラーメンを食べに来るのだという。へえ、お好きなんですか、と私が問うと
「いや、味がいいという訳ではないんだけど。思い出すんです」
 と、意味深な語りが始まった。

 おじさんは、その年代の男たちがそうであったように、兵役で南洋の島に赴いたのだという。ただその島は激戦地ではなかったのか、日本兵は原住民と仲が良く、おじさんも食料調達のためなどで集落をよく訪れたのだそうだ。
 そのうち村の酋長に見初められ、酋長の娘と結婚することになった。
「その結婚式は本当に盛大でしたが、ご馳走は何故かラーメンだったんです。洗面器みたいな大きな丼になみなみと入れたラーメンを、こうやって抱え込んで花嫁と花婿が食べるんです」
と、おじさんは手元にあったラーメン丼を両腕で抱えてみせた。山、海、暖かな日差し、そしてラーメン。茶店にはおじさんの青春の舞台装置が全て揃っていたのだ。
 やがて花嫁はおじさんの子どもを宿した。村中の人々に祝福されて、おじさんは幸せだった。
 ところが戦争が終わってしまった。兵士達は残らず帰国を余儀なくされたのだ。彼も泣く泣く一旦は日本に帰ることにした。
 「それでどうなったんですか?」
「何度も行こうと思った。でも結局、とうとう行けなかったんです。いろんなことが重なって・・・・・」
 彼は遠いまなざしで、ガラス窓の外の木立を眺めて言った。枯れた梢の向こうには黄金色の冬の光が輝いていた。

 その後、おじさんは故郷で新たな所帯を持って、市井のほんの一粒となった。
 この茶店でラーメンを食べる、これが南洋の花嫁や我が子とつながるための、彼に残された唯一の手段だったのである。
 
 
 

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そんな訳でその日の私が食べたのは
・茶店のラーメン(特に南洋風ではなく、普通のしょうゆラーメン)
・甘酒
   おじさんの話に誘われて、ラーメンを注文してしまった記憶がある

by sibamataumare | 2008-01-30 12:47 | 人物伝