タグ:ベトナム ( 22 ) タグの人気記事

新年早々、家で原稿書きや資料読みに明け暮れてはいるものの、
今日は、今年初の外向き仕事だった。
埼玉県にある大東文化大学で、お話させていただいたのだ。
おもしろかった。

d0149411_2316180.jpg


普段は大人の方相手が多いのだが、若い子たちを前にすると、
その瞳のキラキラ具合が嬉しくなってしまう。
彼らが国際文化等を専攻しているというので、
以前通っていたベトナムと日本の村の類似点などを織り交ぜて、
スライドトークをした。

これはこれで、写真を並べてみると、
唖然とする程似ていて面白い。

ともあれあちこちに飛び散る私の話を、一生懸命聞いてくれる姿が、
何だかとても愛おしい。
この子たち、これからどんな人生の舞台に躍り出るんだろう。

私もこの頃は、何に向かって噴射すれば良いのかわからない
無駄なエネルギーが体内から溢れ出て、
毎日が興奮のるつぼだったことを思い出す。

講義後、たった10分で、皆は結構な長文のレポ―トを書き上げてくれた。
さすが大学生、えらいなあ。

とまあ、すっかり親目線である。

お誘い下さった古くからの友人である教授とのひとときも楽しく、
帰りのバスに乗り込んだ。

すぐ隣の動物園では、カピバラが温泉に入っている。
後ろ髪を引かれたが、取りあえず帰路について締め切り間際の原稿を書きまくった。
何だか元気をもらえる嬉しい一年の始まりである。

しかしいいなあ、隣にカピバラがいる学生生活。


・・・・・・・・・・・・・・
そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・弁当(大学にて)
・柿とみかん
講義終了後、教授が弁当をご馳走してくれた。
話も弾んで美味。
[PR]

by sibamataumare | 2014-01-07 23:20 | ひとりごと

ここ数年、粉食にずっと興味があり、
取材旅行の合間にその土地土地の「粉物」を食べてきた。

d0149411_21414873.jpg

国内では、関東が案外やるな、と感心している。
小麦粉食文化が各地に発達しているのだ。

対して米粉は主に和菓子に使われるが、
これも製法の違いで、実に繊細な食感を表す米粉が相当数あることを知った。

そして平成に入ってからは、米の国内消費拡大を狙って、
米粉を国が奨励、米粉パンや米麺など新たな食文化も各地に生まれている。

そんなこんなで、来月はベトナムに麺を食べに行く。
日本の米や粉食バラエティの違いを、体感しに行くのだ。

今を去る事10〜20数年前、私たちはベトナムに数年間通っていた。
当時「アジアで麺」という本の、ベトナム編を書かせていただくために、
半年がかりで調べて、ベトナムで麺を食べまくったこともある。
その誌面だけでも、24種類の麺料理を食べて写真に収めている。
上記はタニシ入り(右)と、カニ味噌入り(左)ブン(米麺)。

その当時と今、食文化はどこか変わったのだろうか、
これも興味津々だ。


もしよろしければ、一緒に麺を食べ歩きませんか?
製麺所や農村地区にも行き、ベトナム食文化を探りましょう。
どうぞよろしくお願いいたします。

催行前にまた、ベトナムスライドトークを開催するかもしれません。
これもどうぞ。



講座名:ベトナムの麺と米粉を食べ歩くー眞鍋じゅんこと歩く、見る、食べるー
日時:2013年9月26日(木)〜30日(月)
場所:ベトナム ハノイと周辺部
お問い合わせ先:風カルチャークラブ 0120−987−553



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・謎のチャーハン
・謎の焼きそば

友だちの野外パーティでいただく。
巨大唐辛子がゴロゴロして怖かったが美味だった。
[PR]

by sibamataumare | 2013-08-17 22:00 | 催し物情報

今日は、「ベトナムと日本の米粉と麺」のスライドトークが無事終了した。
おもしろかった。
ま、ともあれひと息。

d0149411_1384756.jpg

ベトナムの麺類を調べたのは、かれこ十数年前。
当時は資料もあまりなくて、在日ベトナム人やベトナム各地のベトナム人たちに、
聞き取りしたり、食べ歩いたり、農業図鑑首っ引きで歩き回ること半年間。
フォーやブン、他にもいろいろある事を知った。

日本でも米粉利用法を調べた。
ああ、そうかと目からウロコの数々だった。
むしろ日本の小麦食文化にも驚いたりして。

というわけで、ご参加下さった皆様。
準備等で大変お世話になりましたスタッフの皆様。
取材ご協力いただきました皆様。
本当にどうもありがとうございました。

米粉と小麦粉文化、まだまだ調べ続けます。
また、何かの折りにご紹介できればと思います。
そしてこの発展系である現地講座「ベトナムの米粉と麺をたどる」ツアーも開催予定。
日時:2013年9月26日(木)〜9月30日
場所:ベトナムハノイ+近郊農村等
お問い合わせ:風カルチャークラブ 0120−987−553

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・武蔵野うどんと天ぷら定食などなど

スライドトーク後に食事。美味。
[PR]

by sibamataumare | 2013-08-09 01:47 | 催し物情報

ベトナムの米麺を知る前に、日本の米粉について調べておこうと歩き回るうちに、
どんどん面白くなってしまった。

d0149411_1223223.jpg

詳細は後で書くが、よろしければ明日8日午後7時より、
このスライドトークを開きます。
どうぞお気軽にお越し下さいませ。
冷房効いて、涼しいです。(あ、普通ですか)


日時:2013年8月8日(木)午後7時~8時30分
場所:風の旅行社 JR中央線/総武線 中野駅北口下車
入場:無料
問合せ:風カルチャークラブ 0120−987−556
[PR]

by sibamataumare | 2013-08-07 12:23 | 催し物情報

人の生活を記録する私たち夫婦が、
日本中の過疎村を巡っていたことは、前に書いたが、
そこですら昔話だった生活ぶりを、「当たり前ですよ」と普通に実践していたのが、
1990年代前半のベトナムで、私たちは驚きのあまり数年間通った。

d0149411_1426555.jpg

簡単にいえば、「電気の無い暮らし」だったりするのだが、
時間差を差し引くと、中国をはさんでいるせいか日本とベトナムは何かと似ていた。
食文化も、家庭では白飯に総菜で味付けも辛くはなく、共通点も多い。

そんな中、ずっとぼんやり不思議に思っていた事があった。
「ベトナムでは有名なフォーや生春巻きなど、米粉の食文化が発達しているのに、
なぜ日本では、米粉が麺などにならなかったのだろう」

もちろん、ジャポニカ米とインディカ米の違いなど、
いろいろと理由はあるだろうし、
私が知らない米粉料理も、日本には多く存在しているのかもしれない。
草加せんべいの製造現場がうるち米をこねて薄くのばして天日干しと、
まさに、探していた米粉食だということにも気づいた。

そんなことをぽつりぽつりと調べて、
さらにベトナムで撮りに撮りまくった「麺料理」の数々などと合わせて、
スライドトークを開きます。

「ベトナムと日本の、米粉と麺の食文化にふれるスライド&トークショー」
・日時:2013年8月8日(木)午後7時〜8時30分
・場所:風の旅行社東京本社 (JR中央線・総武線中野駅北口下車)
・参加費:無料0120−
・お問い合わせ:0120−987−553

どうぞおいで下さいませ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・ご飯と納豆
・フキの酢漬け
・バナナ

その辺にあった有り合わせの朝ご飯。
でも美味
[PR]

by sibamataumare | 2013-07-18 14:27 | 催し物情報

この前テレビのキャスターたちが交わした会話に驚いた。
「夕べ、エアコン無しで過ごしたんですよ」
「えーっ! 大丈夫でしたか?」
「まあ、何とか」

まるで宇宙でヘルメット外してみた級の驚きようと得意満面ぶりである。
え・・・・・、エアコンがあったことが無い我が家はもはや、
都会人どころか人類はおろか、大気圏外の生き物だったんだ。

原発停止の声が高まり、計画停電の恐怖が迫り来る今、
まるで嫌がらせのように、暑い日差しが早々と襲いかかる。
だいたい、何で余震も福島第一原発の近所ばかり狙われるんだか。
どうやら日本人は、試されとるな。

で、エアコンなしで我が家がこれまでどう生き延びて来たか、
取りあえず思い出したので、書いておく。
また思い出したら書く。

その1
とにかく水を浴びる。
何しろ体温を下げればいいのだ。
動物園のシロクマよろしく一日中水風呂に入ったり出たり、
シャワーを浴びたり。
タイ人など、しょっちゅう水を浴びている。
気がつけば、服ごと水浸しになっていたりするから丈夫な人たちだ。
その点、さっき水シャワーを浴びてみたら、
ひやりと寒かったので、
まだ暑さはそれほどではないとみた。

その2
ゴザで寝る。
日本にも花ゴザ、寝ゴザと美しい織り方のゴザがあるが、
ベトナム人にとって、ゴザは敷き布団そのものである。

ホテルはもちろんマットレスを敷いたベッドだが、
これがまたナイロン製ですこぶる暑苦しい。
私は思わず掃除用具を借りて自分が納得いくまで床を磨き、
市場で買って来たゴザを敷いて床に寝たものだ。

そう、現地の民家では床に寝る
それも一般家庭やホテルの床はたいてい陶製タイルだ。
これに一晩中、冷却と蚊避けを兼ねて扇風機をブンブン当てる。
もう、明け方には冷えきって、胃けいれんを起こしたことさえある。
しかも背中がバキバキに痛い。
なのに数日も過ごすうちに、この刺激がたまらなく良くなる。
背筋もピンと伸びて体調すら良くなる。

あるいはパイプ製ベッドに寝るが、
これもマットレスはなく、スノコの上にゴザ、
日本の巨大なお膳のようなボーバングーという縁台状の寝床にもゴザ、
そして蚊帳を吊る。
やはり涼しく、背筋が伸びる。

更にはハンモックや縁台、サマーベッドまで駆使して蚊帳を吊り、
屋外で眠る猛者もいる。
前にも書いたが、当時の彼の国には電気がろくになかったので、
エアコン生活などあり得なかった。

敷き布団やマットは人類に必ずしも必要ではないのである。
らしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・チャーシューと八竹煮丼
 冷蔵庫にあった常備菜を、ご飯に載せて食べた。
 案外食が進んで美味。

 

[PR]

by sibamataumare | 2011-06-29 22:42 | ひとりごと

やっと原稿が書き上がった。
爽快な気分だ。やっぱり。

長らくあいてしまったが、ベトナムの電気無い話の続きを書く。
私が通っていたのは1990年代前半から後半にかけてなのだが、
毎回必ず滞在させてもらう家が、数軒あった。
そのうちの一カ所は、本当にへんぴなど田舎で、
電気が全くなかった。
それどころか、電話さえ、自転車に2人乗りして数十分の隣町まで行って、
貴金属店に貸してもらいに行くのだから、
半日仕事なのだった。

数年通ううちに、電気の無い生活にはずいぶんと慣れた。
ここは未開の地なのだろうと、勝手に思っていた。
ところが、数年経ったある日、驚くべきことが判明した。
「20年前のベトナム戦争まで、この村には電気が通っていたんだ」。
村の青年に聞かされて、あぜんとした。

バブル真っ盛りの日本では、「人間は進歩して発展し続けなければならない」と、
当たり前のように言われていた。
「何で進歩しなくちゃいけないの?、昔に戻っては駄目なの?」と、
いくら私が村やベトナムで体験してきた「祖末な暮らし」を、
思い浮かべながら疑問を呈しても、
誰もが「そんな訳にはいかない。不便な暮らしに戻れる訳がない」と、
断言していた。
(もっとも、当時でさえ、現代ほど便利でもなかったんだけどね。
パソコンも携帯電話もそれほど普及していなかったし)。

だからこの「昔は電気があったのに、今はなくて、でも普通に生活している」
この事実を知った時の驚きと喜びはなかった。
人間は、一気に時代を引き戻されても、ちゃんと生きていけるんだ。
それを目の当たりにしたのである。

今回の大震災でも、戦争と同じようにすべてがなくなった。
宮城県の小さな漁村で避難生活を送った漁師の知り合いによれば、
「皆で残った家に共同生活して、山の水を汲み、火をおこして飯を炊き、
がれきの下から食べものを見つけては皆で分け合い、
自衛隊も待っていられないので、
昔の山道を自分たちで削って車が通れる道路まで作った」という。
彼らにとっては、未知なるサバイバルじゃなくて、
少し前まで、いや今でも続けているかもしれない、
当たり前の生活の延長線上に、避難生活はあったのだ。

人は昔に戻れるのだ。
自信を持っていい。

[PR]

by sibamataumare | 2011-06-22 16:43 | ベトナム

日本の過疎村で、思い切り「昔の暮らし」をする人々に出会って、
びっくりした私たちは、
今度はベトナムにのめり込んで、1990年代の数年間通った。
過疎村でさえ「昔話」だった「昔々の暮らし」を、
当たり前のように誰もがしていたからだ。

何より驚いたのは、「電気はしょっちゅう止まるもの」だった。
ホーチミン市のような大都市でも、
「昼間は明るいから無し」っていうことになっているのかと思うほどだった。
だから、家の冷蔵庫には、氷と飲み物ぐらいしか入っていなくて、
食べものは、必要に応じてマメに買っていた。
夜だって、「あら、停電」っていう位、普通にろうそくが出て来た。

村に行けば、電気そのものがなかった。
朝は早くて、夜は暗くなると一日の終わりが近づいた。
暑い午後は昼寝だ。
初めて訪れた家で昼食後、「さあ寝よう」とベッドに案内されたことには驚いた。
夜になると人々は小さなアルコールランプを持って暮らし、
闇は本当に暗かった。

私たちは、毎回民家に滞在することが多かったから、
電気をあてにしない生活を、存分に体験することができた。

もちろん。洗濯に炊事にと、女達は一日中台所にいたし、
田畑を耕したり、物を運ぶのはのんびりした牛だったり、
日本から見ればすこぶる不便なのだろうけど、
でも皆、ちゃんと日常生活を送っていたんだよなあ。
私たちも、ちゃんと普通に生きていたし。

あの頃のことを思うと、
何でこんなに電気が必要だと思ってしまったのか、
考えてみれば不思議だ。

[PR]

by sibamataumare | 2011-06-16 21:58 | ベトナム

いつもなら杏ジャムを作る季節だが、
今年は入手できそうにないので、桃ジャムを作ることにした。
八百屋さんでひと山150円の完熟桃を、3つも買い込んでしまった。

d0149411_17504284.jpg

自転車に載せるだけで、ぐっちゃりと潰れるほど熟しているので、
大急ぎで作ることになった。

皮は手でするすると剥ける。
実はねっとりと完熟、次から次へと両手でもみほぐして潰した。
桃マッサージである。気持ちいい。

あんまり茶色の部分は取り去るにしても、
どうにもおいしそうなので、
ついついその場でいくつかかぶりつく。
果汁がぽたぽたとこぼれる。うう、美味。

ジャム作りは、これがいけない。
完熟果実をたくさん買い込む安心感から、
ついつい食べ過ぎてしまうのだ。

それでも今回は、桃1㎏分をレモン果汁と共に煮詰めてジャムにした。
ほんのり甘い香りの上品な味わいだ。

残りの潰した果実と果汁は、冷凍庫に入れた。
思いっきり冷えたところで、砕いた氷とグラスに入れて、
SINTOにして食べた。

これはベトナム版フローズンジュースで、
電気がない田舎家庭では、買ってきた氷を砕いて、
果物と砂糖と共にグラスに入れて、
スプーンで気長にしゃりしゃりと潰したものだ。
つまり手動ジューサーだ。

私はアボガドのSINTOが好きで、
居候先のお嬢さんに、時々作ってもらった。
この娘はマッサージがすこぶる上手で、
取材に疲れて帰ってきた私を、ニコニコ笑顔で迎えてくれては、
頭や身体をゆったりとほぐしてくれるのだ。

窓の外には、ヤシの葉が揺れていた。
ちょうどこんな夕方だったなあ。

懐かしくなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・マトンカレーとほうれん草カレー
・ナンとライスとサラダ
・ティッカとタンドリーチキン
・ラッシー

というインド料理屋のランチを夫と。
最近、周辺にインド系レストランがやたらと増えた気が。
[PR]

by sibamataumare | 2009-07-14 17:43 | 食べもの

午後2時過ぎ、何故か私のパソコンは突然見えるようになることがある。
後の時間は、まったく画面が壊れている。不思議だ。
なので、原稿後のお茶をしながら書き込み。
この写真は手作り山栗蒸し羊羹。美味しそうだ。

d0149411_1521884.jpg

輸入菓子屋の店頭に、格安チョコレートだの格安キャンデーなどが、
山積みにされていて、
その一角に、格安ベトナム菓子が積まれていた。
やった、大好きなのだ。しかも嬉しい280円。
もっともこれを1800円で売るのはあこぎだろう、という類の菓子だ。

ベトナム人は木の実やゴマやカボチャのタネなんかが大好きだ。
これらを水飴で固めた菓子がある。
大きいのはベレー帽ぐらいあって、グニャグニャな円盤型の、
中部 フエの名物「 メスン」というゴマ菓子が好きだ。
でもって、この280円のは、固くてゴマやカシューナッツを水飴で固めて、
ウエハースに乗っている。まあ、これでも充分満足。

秋のせいか、やたらと木の実をがしがしと食べたい今日この頃、
夏場は果物大好きだったし、
ちゃんと体は四季を感じてるらしい。
そういえば熊は木の実を食いだめしては、冬眠準備をするんだったなあ。
私は寝ちゃいけないらしいが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・卵焼き
・ご飯
・生姜焼き など

夫が作ってくれたご飯を、原稿書きの合間にいただく。
またしても献立を覚えていない自分に慄然。
[PR]

by sibamataumare | 2008-11-13 15:16 | 食べもの