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秋祭りの季節だ。
あちらこちらから、お囃子や威勢の良いかけ声が聞こえてくる。

小さな頃から、祭りの音色が聞こえてくれば表に飛び出し、
山車を曵いておやつをもらい、
少し大きくなったら子ども神輿を担ぐ。

もちろん氏神様にはお参りに行く。
そう大きくないはずの境内が、
びっしりと露店が建ち並んで、迷路状になると、
それはそれは得体の知れない異界と変化する。

神楽殿からは、お囃子が流れ続け、
色褪せた幕の前で舞うお神楽の面の無表情に、
これまた非日常に連れ去られそうな妖気を感じる。

お参りを済ませた後は、
おみくじとたぬき煎餅とボンボンアイスとアンズ飴。
どうしても抜け出せない定番買い物。
男の子が熱中する型抜きは、しない。

大人になった今、友人達が担ぐ神輿を追って歩くのが面白い。
あちらこちらで握り飯やビールを振る舞われ、
道行く人に声援を受け、
汗だくになって炎天下を担ぐ男女。
元々の地元民もいれば、神輿の会の人たちもいるが、
新しく町に住み始めた若者たちが、
町に溶け込む貴重な場でもあることを、最近知った。

実りの季節だ。

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「中古民家主義」に続いて、
散歩の達人誌で連載させていただいた「商店遺産」。
毎月本当に楽しく取材させていただいて歩いたのだが、
残念ながら終了。

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これは散達創刊当時からの、念願の企画であり、
まだまだ訪れてみたい商店や、
声をかけて下さった店が、いくらでもあるので、
思い切って皆さんと取材に出かける「商店ツアー」を、
あっちこっちで開催してしまうことにしました。

ただいま、各地でお願いに上がっていますので、
詳細が決まり次第、お誘いいたします。

これまで行ってきた中古民家主義ツアー同様、
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

ではでは。
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紀伊半島がとんでもないことになった。

村巡りをしていた頃、あの界隈の山道もよく車を走らせ、
ひなびた過疎村の宿に泊まり歩いたものだ。

その紀伊半島や四国の山間部に訪れるたびに驚かされたのは、
あきれる程、山の上の方に集落が形成されていることだった。
谷筋の車道から、天を仰ぐようにして見上げると、
古びた家々が日向に点在しているのだ。

愛媛県で招かれた家など、標高800mもあって、
庭から雲海が一望なのが自慢なのだと、その家の長男はいった。
早朝訪ねると、それは本当に美しい光景だった。

そこは車の入れる舗装路が敷かれていたが、
未舗装の道、はたまた徒歩でしか行けない登山道沿いの家など、
山の民は、私たちの想像を遥かに越えた天空の地で、
大昔からゆったり暮らしているのだった。

何故かと問えば、答えは簡単だった。
「山の上の方が住みやすいから」。

つまりこうだ。
徒歩が原則の時代には、山の尾根道伝いの方が、
谷筋を迂回するよりは遥かに近道であり、
日当りは良く、斜面の畑は水はけも良いため、
作物は美味しく仕上がる。

そして何より、「谷筋は川が恐ろしい」のだと、
彼らは口々にいうのだった。
だから谷の道は後から作られた。
急峻な山々に囲まれた谷底に、ひとたび周囲の雨水が集まれば、
川はとたんに凶暴に牙をむく。
今回の被害を見て、彼らのいっていたのは、これなのかと改めて震えた。

もっとも川べりに住んでいる人たちも、
飄々と洪水と付き合って来た。
「ダムが出来る前は、こんな大雨の日には毎年何度も水があふれてねえ」
と女将がことも無げにいう川辺の旅館に泊まったこともある。
それでも2階に逃げれば大丈夫だし、
集落の中でもほんのり高台の寺に牛を連れて逃げ込めばセーフとか。
役場を高床式にしてボートが格納してあったり
彼らなりの川との絶妙な間合いがあるらしい。

ある時、ダム建設に先駆けて、川沿いに建設事務所を建てることになった。
村の人たちは「そこは危ない」と言ったのだが、
「計算上大丈夫」として、建設業者は建物を建てた。
が、一度目の大雨でさっさと流されてしまったのだと、
女将は可笑しそうに話してくれた。

「クエが恐ろしい」と、九州で狩猟をするおじさんが言った。
どんなけだものかと思えば、山崩れのことだった。
「家のあたりは、クエがきやすい」そうだ。

どの家も、「じゃあ何でそこに住んでいるのだ?」と、
よそ者には疑問なのだが、
皆、大自然との呼吸を合わせて、何となく住んでいる。
ま、東京だって、地震は頻発するわ、交通事故は多いわ、
うるさいわ、水はまずいわで、彼らからしたら、
信じられない住環境なんだろう。

とまれ、私がとても引っかかったのは、
「被害者の多かった市町村には、避難勧告が出されていなかった」と、
テレビニュースがかまびすしく叫んでいることだ。
リポーターが「避難勧告がなくてどう思われますか?」と、マイクを向けると、
「いや、自分たちで危険なら逃げるから」と、
答えたおじさんは、例の飄々とした面持ちだったのが印象的だった。

都会人はすぐ「責任問題」を唱えるが、
今回の雨はあまりにも想定を越えていた。
彼らをして「そこは山崩れが起きるとは思わなかった」わけで、
第一、山間部であの事態では「どこが山崩れしない安全な避難場所」なのか。

そして豪雨の中や夜間に山道を、ましてや高齢者が歩くことの恐ろしさは、
彼ら自身が一番良く知っている。
いつもなら、自然とうまく呼吸を合わせてかわしてきた彼らが、
想像を絶する事態に巻き込まれてしまった。
ただそれだけなのだ。

被害に遭われた方々に、お悔やみとお見舞いを申し上げます。

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by sibamataumare | 2011-09-06 18:27 | 村へゆけ | Comments(4)

デパ地下で、岩手県物産販売をひやかした。
塩蔵ワカメがあったので、
思わず今年のもの? と尋ねてみた。
3月11日は、実質的に初入札の直前で、
岩手のワカメはほぼ全滅と聞いていたからだ。

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すると店員さんはいった。
「養殖ものはいかだが駄目になって全滅だけど、
天然ワカメが残っていたんです。それを刈り取って」と嬉しそうだった。
さらに続けて言うには
「放射能もね、検出されなかったんです。
海藻は多いって聞いたから心配したけど」
と、後生大事にクリアファイルに入れた表を見せてくれた。
それによれば、岩手の天然ワカメは、
めでたく「放射性物質不検出」なのだった。

我が家には買い置きワカメがたくさんあるので、買いこそしなかったが、
試食させてもらった三陸の天然ワカメは、コシがあって味が濃かった。
漁師が小舟から箱眼鏡で海底を覗きながら、
モリでくるくるっと巻き取る、あの漁法で刈り取ったのか。
ああ、海はちゃんと生きていた。

帰りがけに、近所のスーパーマーケットに寄った。
隣町のスーパーマーケットに続いてここでも、
「放射性セシウム検査済み」の
シールを貼られた牛肉パックが並ぶようになった。

セシウムがゼロなのか、基準値ぎりぎりなのかは、
そのシールからは読み取れない。
ただ「検査済み」だから、基準値以下なのは間違いない。
食べる方としては、数値を足し算して
年間どれ位内部被爆をするのかを知りたい訳だが、
それはつまり「特価! 国産和牛100g00ベクレル」
なんて表記するということか。

店頭に「不検出」食材が並び始めた。
ああ、そういう時代なのだなあと、つくづく思った。
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by sibamataumare | 2011-09-01 23:54 | 食べもの | Comments(2)