<   2008年 02月 ( 30 )   > この月の画像一覧

中国食材が云々されている。
でもどうせ私たちは、外食や加工食品で今もふんだんに、
安全かどうか知らない食べ物をせっせと食べ続けているのだ。
「地産地消」とは麗しいが、
食料自給率1パーセント(農林水産省調べ)の東京の人が、
軽々しく賞賛していい言葉かね、
と、ふと思う。

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私たちは時折、東京やその近郊の第一次産業に従事する方々に会いに行く。
いつだったか東京23区内の農家の話を聞いたところ、
「畑1反(300坪)で、年間の収入はたったの30万円」なんだそうである。
この敷地を駐車場にするとする。1台につき6坪が必要だというから、
単純計算すれば、約50台分になる。
賃料が1ヶ月1万円としても、年間600万円の収入を生み出せるのだ。
しかも手間は畑仕事より極端に少なくて。

今日の取材先の方から、
農林水産省が作成した「不測時の食料安全保障マニュアル」というのを
教えてもらった。
これが面白い。
現在、日本の食料自給率は40%弱
日本人の食卓の6割をも占める輸入食材が、ぷつりと無くなってしまったら、
日本人は何を食べればいいのか、というマニュアルだ。

それによると、国内で一生懸命作れば、
1日に食べていいのは、ご飯は茶碗2杯、蒸かしじゃがいも3個、
サツマイモの焼き芋3本、リンゴ4分の1個にぬか漬け一皿、焼き魚一切れ。
その他にうどんは2日に1杯、納豆は3日に2パック、卵は7日に1個、
肉は9日に1食はありつけるそうで、
1日約2000カロリー、ちょうど昭和20年代後半の食事並みなのだという。
もしかしたら我が家の現在の食卓と、そんなに変わらなかったりして・・・と笑う。

「ここまでの清貧には付き合いきれない」としても、
季節はずれの野菜や空輸の果物などを、わざわざ食べなくたって、
飢えるわけではあるまい。

その点、地方では地場作物や自家製野菜、
地元漁港で水揚げされた魚介を食べられる可能性が高い。

写真は、愛知県蒲郡の町の食堂でいただいた煮魚定食。
旬だというカレイが何尾も皿に盛られ、びっくりした。
さすが水揚げ地だ。羨ましい。

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そんな訳で、この日の私が食べたのは

・金目鯛の煮付け
・いつもの八百屋さんの白菜漬け(ゆず入り)
・めかぶと豆腐の味噌汁
・ご飯 など。

 地産地消といいつつ、本日の豆腐はきっとアメリカの大豆製。
 他は国産素材か? 調味料は怪しいかも・・・などと考えながら食べると、
 料理に国旗がはためいて見える。
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by sibamataumare | 2008-02-29 23:41 | 食べもの

もう一度、町田の団地だ。
ここで育った小沼君に住み心地を聞いてみた。
彼はBYHALVESというグループで、
音楽をすなるアーティストでもあり、
若いのに的確で豊かな表現力に驚いた。
そして彼の口から出たのは、目からウロコの団地ライフだった。

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「いいですよ。家族が平面に一緒に住んでるでしょ。
絶対お互いの顔を合わせる関係なんですよ」
と彼はいう。いつか2階建て一軒家の友人宅を訪ねたとき、
いいしれぬ寂しさを感じたとか。

なるほど、と、思う。
家族の密度って、本当はとても大切で必要なことなんだろうな。

町田山崎団地を1月中頃に訪ねると、空き地に黒い焦げ跡を見付けた。
聞けば先週末、自治会で正月飾りを燃やす「どんど焼き」をしたのだという。

そもそも戦後の日本人に、近代生活を啓蒙する使命も帯びた団地だが、
いつのまにか長屋的人のぬくもりもしっかり根付いた
故郷のひとつに昇華していたのだ。

まあ散歩の達人3月号を読んで下さいませ。
それから「中古民家主義」もね。

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そんな訳で、この日の私が食べたのは

・昨日の鍋の具を卵で閉じてみた似非親子丼
・蒸しレンコンとニンジンのマヨ味噌和え

・昨日の鍋の残りでうどん。

   朝にも夜にも、昨日のお鍋は幾重にも変化する。
   というか、ずぼらな食生活がばれただけ。か・・・・?


↓この暗号が何なのか、電脳に弱い私には解読できない。
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by sibamataumare | 2008-02-28 23:58 | 中古民家主義

私が小学生の頃、確か三多摩地方というのを勉強したはずなのだが、
気が付けば、今はない。
そのひとつである南多摩郡が現在の町田のすぐ隣あたりだと知った時は、
小さな驚きだった。

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実は今月号の散歩の達人誌の取材のために、町田の団地群を歩いた。
これがまた、巨大なんである。
あるクリーンメイトさんのお姉さんが
「昭和40年頃に通りかかった時は、だだっ広い原っぱだったのに、
46年に来たら一面の団地だった」と驚いたそうだが、
当時の猛烈な建築の勢いを物語る言葉である。

え、クリーンメイトさんって何か? 後で話す。

高度成長期の頃、人は大都市に殺到し、住宅難が政府の重要課題となった。
その解消策のひとつとして、昭和40年代に巨大団地が郊外に続々と建設された。
これを「住宅大量供給時代」と呼ぶ。
その申し子が、写真の町田山崎団地や藤の台団地などだ。

俗に公団と呼ばれているのは、現在のUR都市機構の物件だ。
「どの部屋も冬場も1日4時間は日照が保証される」よう造られているため、
共有部分の庭はすこぶる広い。
そこを日々お手入れしてくれるのが、クリーンメイトさんたちだ。
彼女らは「クリーンカー」に掃除の七つ道具を積み易いよう、
自分たちで工夫して改造し、お掃除に精を出す。

住民の方に聞けば、団地にもう何十年も住む人も少なくないらしい。
新たに貸し出す部屋は、今風に改装されているが、
それでも懐かしの設備があちらこちらに散りばめられている。
興味深い物件のひとつだ。

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そんな訳で、この日の私の食べたのは

・骨付き鶏とレバーのカレーとナンとサフランライスとヨーグルト

    神保町で打ち合わせがてらの昼食。
    おしゃべりしながらだったので、レバーと鶏肉の識別がおろそかになった。
    
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by sibamataumare | 2008-02-27 23:56 | 中古民家主義

ついでにもういっちょ 熱海である。
私たちは昔、ここでちとすまないことをした。・・・・・気がする。

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いわずと知れた大観光地である熱海には、
昭和の香りがプンプン漂ういい感じの物件がそこら中にある。
写真のようなスマートボールしかり、射的場しかり、フルーツパーラーしかりだ。

特に射的場は、通りかかるたびについつい立ち寄った。
夜遅くまで煌々と明かりが灯っていて、
派手な色彩の中に、どっしりと座ったおばさんが、
店と一体化してそのまま年を経た感じに、そそられた。

私たちはショッキングピンクの得体の知れないクマだの、
どきつい緑色のカッパだのといった、
古びた土人形を打ち落とすのに夢中だった。
歴史を感じさせる裸体の美女なんかもあったが、
これは打ち落としてももらえず、
何故か黄色い怪しい笑顔の犬かなんかとすり替えられていた。
でも通ううちに、無理を言って美女をいただいたりもしたものだ。

で、ある日立ち寄ったのが、歴史的建造物ともいえる土産物屋だ。
薄暗い店内で、これまた歴史の深さを醸し出す店番のおばさんは、
箱根細工のからくり箱の説明を始めた。
「ここをこうして、こう引っ張ると、1,2,3、ほらね、引き出しが開くんです」
横板を少しずらす、上に上げる、
上フタをずらして反対側を下げると中に引き出しがあって・・・・・

彼女はこうして何百回、何千回と、同じ説明をしたのだろう。
見本の箱根細工は、ほんのり黒ずんでしっとり肌に馴染み、
余計な角が取れたいい感じになっていた。
私たちが歓声を上げると、
おばさんは嬉しそうに「1,2,3・・・」と唱えながら、
何度もからくり箱を閉めてはふたたび開けて見せた。

こうした営業努力の賜物で、私たちもつい衝動買いを決め込んでしまったのだが、
おばさんによれば、見本はひと昔前の作品で、現在扱っている商品は
からくりが一段階少ないのだという。
そうなると、何だかもの足りなくなるのが人の常。
私たちはこの見本こそが欲しいのだ、と粘り、
おばさんはしばし考え込んだ末に、不承不承それを私の夫に手渡した。

その時は、ただお宝を入手したという喜びに弾んだものだが、
裸体の美女も手垢の馴染んだ箱根細工のからくり箱も、
おばさんたちと共に人生を歩んできた「同志」だったに違いない。
他人が気まぐれにそれを奪い取ってはいけなかったのではないか、と今は思うのだ。

大切にせねば。

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そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・オムライス(2人分をいっぺんに皿に載せたまん丸で、ケチャップの笑顔付き)
・豆腐ステーキ
・カブと玉ねぎとニンジンごろごろのスープ。

     ガーリックの効いた豚肉入りで、オムライスが秀逸。
     私が作ったんじゃないけど。
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by sibamataumare | 2008-02-26 22:55 | 人物伝

「熱海は面白いぞ」といってしまったので、続きを書く。
私たちは、かなり好きな町だ。
大正時代からの大行楽地の栄華の名残が町の随所に散りばめられており、
散歩していて飽きることがない。

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熱海といえば、その名の通り、大温泉街でもあるのだが、
町のあちこちに熱湯の噴き出し口があって、
小沢の湯では温泉玉子が作れる。
ちゃんと吹き出し口の目の前の酒屋では、生卵を扱っていたりするし、
観光客がせっせと茹でては、白い殻をむいているので、
ついつい私たちも茹でてしまった。

もちろん温泉も素晴らしい。
市中にある共同浴場並みに近所の入浴客で賑わう古い旅館が殊に良い。

そして熱海を通りかかるたびに、気になって仕方がなかったのが、
海側にある伊豆山の「走り湯」という道路標識だった。
ちょっとそそられる名称ではないか。
しかし夫は「たいしたことないよ」と、いつも素通りしてしまう。
ということは、かつて覗きに行ったことがあるというわけだな。

ようやく昨年、ごり押しで長年の夢を果たし、走り湯に立ち寄った。
海辺の温泉街の裏側に控える崖に、ぽっかり洞窟が口を広げている。
中からは湯気がもうもう。5m奥から70℃もの温泉が、今も湧き出ている。
昔はもっと湯量が多く、穴から湯がほとばしり出ていたことから
「走り湯」と名付けられたのだ。

8世紀には山岳修行者が修行に精を出し、
道後・有馬と並ぶ日本三大古湯として、名をはせたとか。
いったい、修験者たちは熱湯湧き出る地で、どんな修行をしたというのだろう。

私たちはもっとのほほんと参ったわけで
寒い日だったのでこの穴にずっといたい気がしたが、
ここで入浴するわけにはいかない。

すぐそばで、週末限定の朝市が開かれていた。
焼きサザエを食べた。美味だった。
こういうおまけがあれば、夫もまあ機嫌は悪くない。

今頃は梅が見事だろうなあ。

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そんな訳で、その日の私が食べたのは

・チョコレートパフェ

町の中に昔懐かしのパーラーがある。
ショウウインドウにパフェ類の見本がずらりで、思わず入ってしまった。
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by sibamataumare | 2008-02-25 23:40 | 日本中ぶらぶら

気が付けば、
ブログを始めて1ヶ月が経っていたのだった。
めでたい! まあ、せめて目で鯛のご馳走を堪能して下され。

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小さいときから「鉛筆と紙を持たせておけば何時間でもおとなしい」
といわれて育ち、電脳世界への突入をかたくなに拒んでいた私は、
つい数年前まで原稿用紙に鉛筆書きで、雑誌や本の原稿を書いていた。

さすがに担当していただく編集さんに申し訳なくなって、
パソコンを手にしてみれば、何だ、簡単で面白いんだ・・・。

キーボードを叩くのは、ピアノに似ている。
鉛筆書きの時はドビュッシーかサティがBGMだったが、
パソコンは案外、ショパンが激しくてしっくりきたりする。
そういえば「ピアノの前に座らせておけば、何時間でも弾いている」
子どもでもあったのだ。

実はこのブログ、ある日、友人たちに半ば無理矢理作られ・・・、
いや、作っていただいた。
「今時、創作を生業とする者が、ブログやHPのひとつも持たないでどうする!」
ということらしい。
目の前であっという間に設定され、それでも嫌だ嫌だとぐずっていたら、
「じゃあ、私が眞鍋2号!」「僕が眞鍋3号!」と、
私がトイレに行っている間に、
眞鍋6号までゴーストライターのシフトが組まれており、
眞鍋2号が、すでに文章を打ち込み始めていた。

そ、そんな、と、慌てると、
「1日でも欠かせば、私たちが書きます」というお達しに、
本気で怯えて、毎日夢中で書きまくった。
パスワードの設定を変えれば、私しか書けないことすら知らなかった。
まるで、操縦法を知らない魔法のじゅうたんに乗せられて、
「達者でなあ〜」と、見送られた気分だった。

そして気が付けば、
すっかり「キーボードを叩いていればおとなしい」人になっていた。
もともと、毎年正月元旦から原稿を書いていた私だが
つくづく書くことが大好きなのだと、改めて感じ入る今日この頃だ。

夫の写真もこうしてみると、
改めて「すごいな・・・」と、思ったりする。

友人たち、そしてご覧下さる方々に、心から感謝します。
まだまだいきます。
書きたいことは、800年分ぐらいあるので。



*そんな私の最新刊「中古民家主義」(交通新聞社)もよろしくお願いします*

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そんな訳で、その日の私が食べたのは、

・金目鯛のお造り(冬の伊豆名物)
・金目鯛の刺身入り豪華海鮮丼

  いつだったかの正月明けに熱海にて。
  魚屋の奥に食堂があり、大盤振る舞いの海鮮尽くしであった。
  熱海は面白いぞ。
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by sibamataumare | 2008-02-24 22:20 | ひとりごと

春一番なのか これ。
今日一日、すこぶる乱暴な風である。
埃が舞うせいか、世の中が白くくすぶってみえた。

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いつか福岡に行ったとき、何だか風景が黄色がかっていた。
目の錯覚かとも思ったが、地元の友人に言うと
「ああ、今日は黄砂が降っとるんじゃろ、ほら車がこんなに」
と、黒い車のボンネットがうっすらと黄色くなっているのを指でなぞってみせた。
日本海側では、「黄砂」なんて当たり前の気象現象、といった話しぶりだった。

調べてみれば、
東アジアのタクマラカン砂漠やゴビ砂漠からの細かい粒子の黄色い砂が
日本海を越えるどころか、太平洋を横断して北米に運ばれる姿が
しばしば気象観測衛星で観測されているのだと、気象庁は伝えている。

これが鹿児島へ行くと、もっと驚く。
ある時、行く先々で山肌に小屋がずらりと並んでいるのを見かけて、
「集落かな?」「小さいからキャンプ場のバンガローじゃないか?」
「あ、こっちにも」「こっちもだ」「・・・・ずいぶんあるねえ」
と、感心したことがある。
ところが近づいて見ると、それは生き身の人間向けの宿泊施設では決してなく、
墓石を覆うようにして建てられた屋根、又は祠状の小さな建物なのだった。

地元の友人に聞けば
「ああ、桜島の灰が被らないように作ってあるんです」
黄砂どころか、灰が日常的に降り注ぐ町に、
何食わぬ顔をして住み続ける鹿児島市民は、本当に偉い。

もっとも東京だって、
「地震がしょっちゅうあるのに、何故皆平気な顔をして住んでいるのか」
 と、他地域からの転入者や外国人は驚きまくる。

でもって、写真はベトナムのとある村落。
舗装道路なんてなかったこの土地は
きっと乾燥期の今頃は、赤土が舞い上がっている。

住めば都というけれど、槍が降ろうが地面が揺さぶられようが、
案外人間はどこにでも暮らしていけるんだなあ、と、感心してしまう。


   *中古民家主義(交通新聞社刊)も、よろしくお願い致します*

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そんなわけで、この日の私が食べたのは

・とりつくねと大根とねぎと白菜のスープ鍋
・ご飯
・いつもの八百屋さんの白菜漬け

先日、夫婦して別々に食材を買い込んでしまったので、
冷蔵庫はちょっと豊かで嬉しい。
いつもの八百屋さんは、七輪に練炭で暖を取っている。
ほのかに温かくて、いい感じ。


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by sibamataumare | 2008-02-23 21:52 | 日本中ぶらぶら

おかげさまで、「中古民家主義」(交通新聞社)が、本日発売になりました。
私の場合、仕上げまで数年がかりになってしまうのですが、
やっと完成した書籍は、何冊目でも愛おしいものです。
どうぞ可愛がってやってくださいませ。

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「中古民家主義」の本の中で巡り歩いた家々は、次の通りです
町工場(昭和22年築)  街道筋の商家(明治中期築)
団地(昭和40年築) 2階建て長屋(大正末期築)
銭湯(昭和36年築)  町道場兼整骨院(昭和42年築)
ベッドハウス(昭和24年築)  赤線建築(昭和20年代前半築)
材木店(昭和26年築)  清洲寮(昭和7年築)
テラスハウス(昭和51年築)  下宿館(昭和元年築)
 水上の釣り宿(平成元年築)  ペントハウス(平成3年頃増築)
料亭(昭和21年頃築)  土蔵(大正14年頃築)
米穀店(昭和30年築)  米軍ハウス(昭和30年頃築) 
トランサイドコーヒー(昭和36年築)  染め物屋(大正13年頃築)
和洋折衷住宅(昭和7年頃築) 他

そしてこの本に収めきれなかった写真なども、
3月15日(土)のスライドトーク「中古民家主義への誘い」でご紹介いたします。
戦災を免れ、中古民家物件がたくさん現存する文京区本郷界隈を、
一緒に歩くツアー付きです。

お知らせまで
どうぞよろしくお願いいたします。


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そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・焼きトマトチーズ載せハンバーグ(2人で半分づつにして、味を試す)
・大根おろし載せハンバーグ
・サラダ
・デザート
・ワンドリンク

   若い子たちと、渋谷のハンバーグレストランにて。
  一番若いのが、金曜日サービスのハンバーグ450グラムセット1050円を
  笑顔満面でペロリと食べてしまうのを見るのは圧巻。
  20代後半(女)と私(女)は、150グラムも少々残す。
 するとそれも奴は平らげた。
  でも案外美味。


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by sibamataumare | 2008-02-22 23:58 | 中古民家主義

古い木造家屋に住むというのは、一見格好いいのだが、
実は結構な苦労があるものだ。

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夏の湿気った日には、そこはかとなく漂うカビのにおいから逃れられないし、
冬は冬で、窓の木枠は木枯らしを防いではくれず、
部屋の中にいても髪が揺れる。

マンション暮らしの友人家族は、木造一軒家の実家に泊まると、
必ず風邪を引くのだと、こぼしていた。寒いのだ。

それでもやっぱり、写真のような見事な窓枠の細工を見ると、
職人さんの心意気に恥じぬよう、中古民家を守り抜かねば、
なんて思うのだろう、持ち主たちは。・・・・・うらやましいなあ。
それに、取材に訪ねたお宅はどこも、きれいに住んで、
カビのにおいひとつしなかったのが、印象的だった。

中古民家が面白いのは、きっと近所の大工さんと家主が
「部屋は3部屋で、押し入れを多めに・・」なんて会話だけで、
図面も引かずに家を建てていたからだ。
この上ないオリジナリティなのだ。

それが戦後、金融公庫の融資を受ける書類審査のために、設計図が必要になり、
やがてハウスメーカーが、パターン化された家を造り始める。
団地やマンション、建て売り住宅。構造も造り方も、そもそも違うのだ。

でも、と私は密かに思う。
それらもまた、時代が下れば「今」という時代の缶詰になる日がくる。
それがまた、楽しみでもあるのだ。


「中古民家主義」(交通新聞社) 多分今日22日金曜日発売です。
どうぞよろしくお願いします。

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そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・天然ブリのオリーブオイルとガーリックと乾燥バジル焼き
・いつもの八百屋さんの白菜漬け
・めかぶの味噌汁

    夫のまねをして、魚をフライパンで焼いてみた。
    結構美味しくて、ちょっと自慢。


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by sibamataumare | 2008-02-21 23:37 | 中古民家主義

日本は四方が海に囲まれているから、
さぞや魚をよく捕って食べまくっているように錯覚してしまう。

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しかし現在の魚介自給率は、57%に過ぎない。
魚の半分はつまり、輸入されているのだ。
かなり驚きの数字である。

こんな調子だから漁師だってどんどん減って、現在全国に22~3万人しかいない。
しかもその半数は60歳以上。
今回イージス艦との事故に巻き込まれた漁船の息子さんをはじめ、
25歳未満の漁師は、その中のわずか2,7%。貴重な後継者なのだ。
       (農林水産省/「漁業就業動向調査報告書2005年度」
        手元にある資料がちょっと古くてすみません)

東京湾のような穏やかな海でも、漁師さんは時として命がけだ。
あるベテラン漁師さんが、
手の甲にある鉛筆ほどの直径の古傷を見せてくれながらいうことには、
「アカエイのトゲにやられたんだ」
アカエイは尾の部分に鋭いトゲと毒がある。
しかも側面にはノコギリ状にトゲがあるため、
戻して抜くことができない。で、どうしたんですかと聞くと、
「しょうがねえから、自分で抜いたんだよ。そのまんま手のひら貫通させてよ」
聞くだけで貧血を起こしそうな話だが、
多かれ少なかれ、彼らはいろんな傷を負っているのだ。

命がけで捕らえた別な命をいただいて、私たちは命を長らえている。
それを彼らは知っているから、祈らずにいられない。

東京湾の水神祭にて
神主さんは海上祈願をし、塩と米と酒とあさりの稚貝を海に捧げる

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そんな訳で、この日の私が食べたのは

・バター付きパンにはっさくのマーマレードのせ
   (瀬戸内海の島の友人手作りのひと瓶。フレッシュな美味しさ)
・コーヒー

   東京での華やかなキャリアを捨てて、島に移り住んだ友人家族特製

 
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by sibamataumare | 2008-02-20 23:56 | 東京湾