旅立ちを見ていた

何てことない写真だけど、
私にとっては2つの意味で切ない一枚だ。

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撮影したのは3年前の今日。
つまり東日本大震災当日だ。

この日私と夫は、富山県の漁港にいた。
「その時」はちょうど車に乗っていたせいか、全く気づかなかったが、
居合わせた人に電話が入り、「そちらは津波大丈夫?」と聞かれて、
「何のこと?」と、話そこそこに切ってしまったことを覚えている。

その前後の時間に、何も知らずに
こんなのどかな場所でお気楽に過ごしていたという訳だ。

夕方、ホテルのテレビから流れる信じがたい光景の数々、
その画面は知らないうちに、幾多の魂が旅立つ様を映し出していたはずだ。
私たちといえば、家族との連絡も取り難く、
帰ろうにも列車は動かなかった。

翌日、ようやく終電を乗り継いで東京に帰ると、
皆、口々に恐ろしかった体験を話すのだが、
私はそこが抜け落ち、共有できない空虚さを何故か味わった。

もうひとつの淋しさは、1年前のおとといだ。
50年余り夫と共に生きて来た、長寿のインコが亡くなった。
ローラという名前のキエリボウシインコで、
色は鮮やかな黄緑色、ハトぐらい大きい。
そして日本語をよく喋って歌った。

ちょうど今日と同じように雑誌の校了日で、
遅い帰りを待ちわびるかのように、私や夫の手に抱かれて息を引き取った。
私はまだ鳥かごを片付けることができない。

翌朝、夫の写真ファイルから見つけ出したのがこの写真だった。
よくよく見ると、鳥が一羽、
あっけらかんと抜けた青空に向かって飛び立っている。

ローラが思う存分、羽ばたいているのだと思った。

この3年の間に、叔父とローラの命が旅立つのを見届けた。


静かだった。




テレビ画面で見た被災地の翌朝の空も、
確かこんな風ではなかったか。


       


          合掌
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by sibamataumare | 2014-03-11 23:40 | ひとりごと