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職人さん

今日も職人さんに会いに行った。
胸が詰まった。

あまりにも希有な業種なので、詳細は控えるが、
社長さんいわく
「日本に専門工場は3つしかないといわれています」
という町工場だ。

簡単に言えば、下町によくある金属加工業で、
門を入るとまず住宅、そして庭の奥に平屋の古い木造建築物がある。
これが工場だ。

部屋はいくつかに分かれていて、
一番奥には、トッブ部分に明かり取りの半透明トタンが張られた
高い天井の大部屋がある。
そこには、見るからに重い鉄製のプレス機などが、
行儀よく並んでいた。

最盛期の昭和30年代には、30人もの職工が働いていたというこの場所には、
今は一人の職人さんしかいない。
全ての機械を操れる彼が、ここ数年、
工程に従って、順繰りに機械を動かしているのだ。

そして今月限りで、この工場は取り壊される。
跡地にはアパートを建て、
庭先に小さな作業場を設けて、
小さな機械で出来る作業や組み立てだけを、手がけてゆくことになったのだ。

「正直いって、もう何年も利益は本当に薄いです。
でもうちでしかできない製品なので、続けて来たけど」。

3代目社長は、少し悔しそうに吐露する。
職人がひとりきりなので、機械を動かす電力は微々たるものなのだが、
業務用電力の基本料金が馬鹿にならないそうだ。
そこで、その部分をばっさりとやめ、外注に出すことにした。
そうすることで、製品作りは細々とでも続けられる。
苦肉の決断だ。

職人さんは、15歳の時からもう60年以上、この工場で働いてきた。
写真を撮りたいという夫のために、
仕事の手を休めて、機械の説明をしてくれた。

「これは、プレス機。真鍮の板を何回も絞って成形していくの」
「この棚にあるのは金型。何10種類もあるよ」
「ここで鍛冶仕事もしたよ。ふいごを手回ししてた頃は熱くてねえ」
と、がらんと広い構内を、ひとつひとつ見せてくれた。

そのうち、「写真を撮るなら」と、
わざわざいくつかの機械を動かしてくれた。
動力のモーターは天井近くに設置されていて、
梁の下に棒が渡され、そこから布ベルトが何本か垂れている。
ベルトの反対側には、例の鉄製工具があり、
ひとつのモーターを動かすことによって、
すべての機械へと動力が伝わる形式だ。
「ウマというんだ、この設備は」

何だか、見るからに古めかしい。
昭和25年の創業当時から、これらの機械も職人さんも
ここでこうして活躍してきたのだ。

機械類は、安全装置などの面で、今の規格に合わず、
転売することもできない。
ただ鉄くずになるだけの選択肢しかないという。

「外国に売れば?」というと、社長さんは、
「アジアなんかこそ、もっと良い機械を使ってどんどん生産してますよ」。

社長が去った後も、職人さんは私たちに作業風景を見せてくれた。
「鉄は焼くとヤスリが効かない。でもこの研磨機にかければほら」
と、四角い金属片を半分研磨してくれた。
見事に半分だけつややかになる。

「この機械はすごいんだよね」
私たちから見れば、すっかり古びた工作機だが、
彼にとっては、初めて研磨面を見た驚きが、
そのまま印象づけられた、画期的な機械なのだった。

「もったいないよ。機械が」
とうとう彼は、絞るような声でつぶやいた。
どの機械が好きですか? と、尋ねると、
「どれもいろいろだねえ。機械は使いこなさなければね。使われるんじゃなくて」
「いつ頃から使われなくなるの?」
「いや,今だって完全じゃない。
職人って仕事はいつまでも満足しきれないもんだよ」。

機械といっても、あくまでも人の手助けがなくては動かない。
こっちのねじを締め、こっちの部品をはめて、
と、ひとつ作業をするにしても、準備と微調整に時間もかかる。
でもひとたび、機械に噛み付かれれば大けがをする。
職人と機械、あうんの呼吸だ。

いつしか私には、ここが畜舎で、
通路を挟んで、行儀よく並ぶ黒い機械たちは、従順に頭を垂れる馬か牛、
職人さんは、それらを長年慈しみを込めて育て上げ、
苦肉を共にした同士のように見えてきた。
機械に生命と哀しみを感じたのだ。

「ここがオレの城だな」
職人さんは、小さな机の前に座った。
ひとりで型を抜き、ひとりで絞って成形し、ひとりで研磨した部品の数々を、
ひとつひとつ組み立てていくのが、この場所だ。

椅子のすぐ脇と前後に大きな窓がある。風の通り道だ。
「夏は風がよく抜けるから、暑くはないよ。
でも冬の朝は冷蔵庫だね。ストーブひとつで慣れてるけどさ」

「オレの城」から窓の外に庭が広がる風景を眺めるのも、
あと10日ばかり。

昨日までの湿った空気と一変して、
秋の風で机上の紙が、かすかに揺れた。



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そんな訳で、この日の私が食べたのは、

・豚肉衣揚げ 大根おろし添え
・豚串揚げ
・小松菜ごまあえ
・シジミのみそ汁
・つき出しはニラのお浸し
・肉豆腐 カラシ添え

工場帰りに、夫の大好きな下町の某飲み屋へ。
美味だし、窓から垣間見える庭が最高。

by sibamataumare | 2012-09-20 23:59 | 東京ぶらぶら