だれもいない その4

またまた書きかけのままだったので、
8月24日の続きを書く。

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この夏、北茨城から八戸までの東北沿岸を、車で通算4泊5日分走った。

北茨城から宮古まで北上した3泊4日の旅とは別な機会を得て、
私たちは、青森県八戸を訪れた。
帰りがけに宮古まで南下し、そこから内陸に入る。
これが最後の一日分だ。

八戸でも、沿岸部では津波被害は相当だったらしいが、
幸い、犠牲者はなかったという。
見たところ、普通の生活を取り戻しているようだった。

遅い午後に八戸を出発し、海岸線を行く。
以前は、うっそうと茂っていたという松林がまばらになり、
道路から海が透けて見えたりしたが、
宮城県を走った時のような衝撃はなかった。

ところがだ。
いわゆるリアス式海岸が始まる頃から、
風景が一変する。
ぐいっと入り込んだ入り江の町が、ぼろぼろに壊れているのだ。
たとえば鉄道の陸橋はぼっきりと折れ、高台の駅だけが取り残されている。
人の気配がない。

岬部分に出ると、太平洋を染めるのどかな夕日
かと思うと次の瞬間、薄暗くて破壊された入り江。
この辺の海岸線は、こうしたフリルのような凹凸を繰り返す。

時には、次の入り江とを繋ぐトンネルを抜ける。
これが、停電で真っ暗だ。
「うゎっ!」
夫は恐る恐る、スピードを下げた。

トンネルを抜けると、再び人気のない入り江の集落、
そしてトンネル。
中にまで霧が立ち込めて、全く前が見えない。
このまま異界にさまよい込んでしまいそうな、そら恐ろしさを覚えた。

道路はようやく、町場に辿り着いた。
ほっとするも、よく見ると沿道の家々では、
玄関先で火を燃やしている。
お迎え火、その日はお盆の入りだった。

「こんな日に、他人が被災地をうろうろしては申し訳ない。早く帰ろう」
と、いうものの、国道はいやでも漆黒の土地と、お迎え火の沿道を繰り返す。
仮設住宅の庭先に、ちろちろと火が灯る様を見ると、
胸がつぶれそうになった。

合掌。

リアス式海岸での津波は,場所によっては30〜40m近かったと、
震災後に参加した東京大学でのシンポジウムで、
研究者が発表していた。

宮城県沿岸の平野部で、
だだっ広く何も無くなってしまった光景にも驚いたが、
その土地によって、様々な被害や哀しみがあることを、
この日、再び実感した。

それにしても、4泊5日分の被災地、
その広大さに、絶句。


(写真は宮城県)
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by sibamataumare | 2012-09-14 23:22 | 日本中ぶらぶら