戦争という日常生活

かつて夫は、アフガニスタンに行っていた。
戦争取材だ。

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「でもさ、戦争って、いつでもどこでもドンパチやってる訳じゃない。
チャイハナではのんきなオヤジがお茶を淹れてるし、
ゲリラと山を歩いていると、峠でいきなり水売りのおばさんに出くわしたりする。
その日常生活を見たくて、通いたくなったんだ」

いつだったか、雑誌などには未発表のそうした写真で、
スライドトークをしたことがある。
彼の地のあまりの美しさに、目を見張ったものだ。

「戦争はやっぱり辛いな。仲間が目の前で死んで、自分のホテルが砲撃されて」
いつしか夫は、私ともっと平和な取材に移行していったが、
学生時代からの友人である佐藤和孝氏は、その道を極めていった。
夫のそんな話を聞き、私は当時、東京で日々気をもむばかりだったから、
佐藤氏とパートナーを組んだ美香ちゃんは、やっぱりすごいなあと思っていた。

私は戦争には行かないけれど、彼らが何をしたかったのかはわかる気がする。
「今、そこで起こっていることを記録して伝える」
その使命感だ。

ベトナムの少数民族地帯や、旧南ベトナム側の村、タイのスラム、
それから東京の山谷や横浜寿町といったドヤ街を訪れる私は、
「怖くないの?」と、聞かれることがあるが、
何が怖いのか、私にはわからない。
だって戦争でもないし。
漁船に乗ることだって、考えてみたら命がけだ。

とにかく「生活を記録したい」
その一心だ。
自己満足のおせっかいかもしれないが、誰かがそれをやらねば、
人知れず「そのこと」「その人生」は過ぎ去って行く。
100年後の誰かが、「おっ」とこの記録に目を留め、
何かを考えてくれれば、私たちはそれでいい。

佐藤氏たちと我が夫婦、
お互い最良の仕事相手、そしてパートナーに出会えて良かった、
なんて話もした気がする。
2人だと、みるみる世界が広がってゆく。

それを思うと、堪らないのだ。
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by sibamataumare | 2012-08-22 02:55 | ひとりごと